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2017年の断片的な目次

日々に目次をつけていきます。その日の日記とは関係のない場合が多いです。「僕の」目次なのかもしれません。 ・4/ 9 「ごはんのお供」という表現 ・4/10 このお礼はいずれ、精神的に。 ・4/11 これはあおいさんのためじゃなくて、わたしのためなんです。 ・…

2017年4月26日の断片日記

▼知っている人もそうでない人もお構いなしに目の前で飛ばされていったり、水に飲み込まれていったりするような夢を見た。僕は周囲を見渡しもっとも生存確率が高いと思われる高台へと避難した。そこは架空の駅に併設された映画館の屋上で、そこから見る景色は…

2017年4月25日の断片日記

▼1日に対する期待値が高すぎると結局その終わりのときに、こんなふうになんだか良くない気持ちになる。だから嫌なんだ。誰かに、何かに、自分に、期待をすることは。そんなことを考えながらとぼとぼと帰り道を歩く。新しく買った腕時計とまた新たに子どもや…

2017年4月23日の断片日記

▼仕事を終えて電車に飛び乗る。駅に着くたびにホームに降りては車両を移動する。ギリギリ過ぎていつも乗る車両に届かなかったのだ。部屋の最寄り駅をやり過ごす。日曜の夜特有の穏やかさと倦怠が車内に漂っている。今日も「お別れのご挨拶」に訪れていただい…

2017年4月20日の断片日記

▼荷造りをしながら、今なら君が僕のもとへ残していったものの意味が少しだけ分かる気がするなとか思っている。それでも君が残したものたちは相変わらずそのままにしつつ、僕のものはどんどん捨てていっている。子どもや親御さんからもらった手紙は後生大事に…

2017年4月17日の断片日記

▼正確には昨日の夜のことなのだけれども、うっすらと夏のにおいがして、ああ気温が上がったのだなと思った。もちろん日中外を歩いていて「暑いな」とは感じていたのだけれども、それと「気温が上がった」と感じるのはまた別の話なのだった。気温だけでなく気…

2017年4月15日の断片日記

▼子どもがくれたディズニーのお土産を部屋の鍵にぶら下げている。これまでは6年前に横浜で買った世界で一番有名なビーグル犬のキーホルダーをつけていた。これで2つぶらさがっていることになるのだけれども、その色合いと質量のバランスがとても好みで、仕事…

2017年4月13日の断片日記

▼お別れの日に急かされて、いったい僕は何をしているの?とぼくが語りかけてくる。それでも少し思案した後に「したいことをするのは別に悪いことじゃないって気づいたわけだし」などと考えて結局動き出していく。本当にしたいことを見極めることについては慎…

2017年4月12日の断片日記

▼(当たり前と言えばそうなのだが)用があって渋谷に半年ぶりに赴いて、その情報量と喧騒になんだかひどく疲れてしまった。色んな人が話しかけてきた。全部無視した。20℃くらいまで気温は上がっていたようだった。いろんな街にいろんな思い出があるけれど、…

2017年4月9日の断片日記

▼前日の晩に久々に会った友人と食事をする。しばらくの間地理的に離れてしまっていたのだが、たまたまこちらへ来ているとのことだった。待ち合わせの駅の改札を抜ける。降りたことのない街の印象ってこの風景からスタートするんだよななどと考える。初めてバ…

2017年4月7日の断片日記

▼湿度が高い。雨が落ちなかっただけマシだなと思いつつもそれなりに上がった気温と強い南風に嫌な顔をしてしまう。のっぺりとした空気が、季節が進んでいることを感じさせる。冬が曖昧に終わって、春もきっとぼんやりと終わっていくのだろう。そして新緑の季…

2017年4月6日の断片日記

▼開いた扉の隙をついて転がり込んできたあの娘とは、そういえば1年くらい前にはもう出会っていたはずなのに人生何が起こるか分からないものだなと、おろしたてのステンカラーコートを身体になじませながら呆けた顔で考えていた。信号待ちの交差点で強い風が…

2017年3月31日の断片日記

▼ある対立が存在していて、僕は本来自分が立たなければいけない立場ではない方に肩入れしている。それでもその両方のどちらも実は間違っていなかったり、あるいはその両方ともが実は相手のことを考えた末の決断で…というケースもたくさんあって(そういうも…

2017年3月23日の断片日記

▼家電量販店でブックライトを選んでいるときも、仕事の間も、仕事を終えて部屋に戻るときも自分以外のことを考えていた。それでも荷物を片づけて温かい飲み物を準備して自分のことを思ったとたんに、10代のなかった僕にも青春の終わりが訪れたのだと気がつい…

2017年3月21日の断片日記

▼ いうまでもなく本は単に読むためのものばかりとは限らない。というのは、読まれつつある時だけ本の効用があるのではない。いつでも読み得るということ、否いつでも楽に見ることが出来るということが、本の効用なのであるから、読まなくても何か所有すると…

2017年3月20日の断片日記

▼人間の関係というのは劇的に始まったからといって劇的に終わらなければならないということはないようだ。頼りない逢瀬の契りは5日遅れでふらふらと不明瞭に始まり、そのまま曖昧に果たされた。僕らは交わす言葉も少なに、そしてありがとう・さようなら・元…

2017年3月19日の断片日記

▼自分の中に湧き上がっている感情を理解するためには、感情の容器に(感情そのものを掬いあげるための)理解のスプーンを差し込むスペースが必要だ。今はそれすらもないほどに、容器の中がギチギチに詰まってしまっている。次から次へと色々なことが起こって…

2017年3月11日の断片日記

▼いまだに態度を決めかねている都市(それはそれで意味も救いもあることだとは思う)を横目に、もはや「忘れない」とかそういうレベルの問題ではなく「忘れるわけないだろ」に到達してしまっている多くの人々にとっては、この日付自体に役割はないだろう。そ…

2017年3月9日の断片日記

▼役割を脱いだところの対人においてハードルがぐっと低くなっているのを感じる(それでもまだまだそびえたっている感はあるが)。もはや何が原因でこんな風になってしまったのかも分からないが、それでも最近の具合を見るに、ずっと伸びたテープのようになっ…

2017年3月4日の断片日記

▼汚れてもいいやと選ばれた服たちのことを、脱ぐときになってやっと少し考えて、かわいそうなことをしたかなと後ろめたさがやってくる。本当は汚しても、汚れてもいい服なんてないはずなのにね。 ▼「えいや」を詰め込んだ1日。いざ「えいや」のそのときが来…

2017年3月3日の断片日記

▼「僕の」季節の変わり目である。でも、変わり目であるというのはおごった考えであって、本当は終わり目であるのかもしれないなどと考える。もうずっと、最後の日々を過ごしている。 ▼というようなことが頭をもたげていたのが2月の下旬で、気がつけば暦は既…

2017年2月17日の断片日記

▼陳腐だなと思わないでもないんだけど、ここ数日「だいじょうぶ」という言葉の収まりがよくて、ひとりごとも含めてずいぶんと使っている気がする。じょうぶなだけでもたいへんなことなのに、そこに「大」までつけるだなんて。その強気っぷりにはらはらする。…

2017年2月15日の断片日記

▼本と映画と音楽の話をしたい。それで、その話をするために読んで観て聴きたいと考えているふしがある。それら3つは僕の好きなものだ。だからこそ、今は我慢しなければならない。あとおせんべいとお酒もやめている。願掛けとかあんまり信じないたちだったけ…

2017年2月14日の断片日記

▼毎朝、8年はやっぱり長いよなと思うのだった。でも、そのうちのいったいどれだけの時間を僕らはまともに向き合って生きていたのだろう。君にそれを問うても、そんなのほとんどなかったじゃんと連れない返事。それでも今ならその返事の意味が分かる気がする…

2017年1月28日の断片日記

▼君との関係は新しい季節を迎えている。恋人ではなく、友人でもなく、ましてや今までの共犯関係でもなく。とても不安定な薄氷の上を、少しずつ歩みあうようなそんな繊細さ、慎重さで一から組み直していく関係。僕らが真に出会ったその時に見える道はきっと地…

2017年1月22日の断片日記

▼控え目な花たちはどうなったのだろう。弱くか細い声は、そのまま消えてしまった。それでも周波数を変えてそのお知らせは、夢でも現実でも夢みたいな現実でも、何度も聞いたあの声で届けられた。 ▼僕はずっと見ることが最も大切なことだと言ってきて、実際そ…

2017年1月21日の断片日記

▼批評とは竟に己の夢を懐疑的に語る事ではないのか、という小林秀雄の言葉があってとても好きなのだった。自己投影の可能性を、つまりは対象を語ることは己の何かをそこに仮託することではないのかという根本的・根源的な部分に向けられた懐疑の視線、そうい…

2017年1月19日の断片日記

▼季節の向こう側から、あの人に会える機会が舞い込んできた。僕はどうすべきか迷った。迷いの理由は明らかで、僕のこの現状を話せるのも、また理解してくれるのもこの人だけなのだが、この人にだけは話してはいけない理由があるからなのだった。甘えてはいけ…

2017年1月18日の断片日記

▼もたもたしていた。祈りを通じて反復する日々の中で、「その不在」が「自己の不在」と溶け合い、僕はまるでアシッドまみれのような状況に陥り、とにかく目と耳を塞いで自閉し続けるしかなかった。のだった。でもせっかく思い立ったのだからと、10日以上も遅…

2017年1月10日の断片日記

▼ふとした(というにはあまりにも長く大きなものではあるのだが)きっかけで、古い友人と食事をして、ごくごく普通の会話をして、帰る。寒空の下、別れてひとりでとぼとぼと歩けば歩くほど、厭世的な気持ちになってくる。先の会話のせいだった。これはいけな…

2017年1月8日の断片日記

▼ああ、これが「反復」だったのだ、と思いいたる。追憶は過去へ向かい、不幸へ到達する。だが、祈りの中で受け取りなおし再会し続けるこの日々は、未来志向の、まごうことなき「反復」そのものである。過去、僕は確かに君に導かれ、瞬間と永遠の深淵に足を踏…

2017年1月7日の断片日記

▼朝に目が覚めたら、もっと罪悪感にさいなまれるかと思っていた。それがうっすらと横たわっているのは感じるけれど、コンフューズをもよおすものでもなければ、攻撃的な気持ちになるでもなかった。喪失感といえばそうなのかもしれないけれど、もともとが空洞…

2017年1月6日の断片日記

▼寂しさ紛らすためなら誰でもいいはずなのに、あるいはそれに類するフィーリングが世の中にはある。それは言うまでもなく、誰でもいいのだろうか(いや、よくない)の表れでありそれが普遍かつ一般なのだという理解をしつつも、はて本当に誰でもいいなんてこ…

2017年1月5日の断片日記

▼以前はそんなことあまり思わなかったのだけれども(それはなんて幸せなことなんだろう!)、なんか最近は職場にいる時間をなるべく短くしたい欲求がある。そんなわけで部屋を出るのも遅刻ぎりぎりの時間なのだが、フィジカルによれば、遠回りにもいろいろあ…

2017年1月4日の断片日記

▼昨日からの流れで花屋に寄る。混んでいたので買うに至らなかったが、店内を非常に楽しく見た。あれこれ眺めてはそれらを部屋に、キッチンに、置く様を思い浮かべる。その中で、そういえば昨年は美術館に足を運ぶ回数が少なかったななどと思う。あれだけぎゃ…

2017年1月3日の断片日記

▼昨晩寝る前に本当に久しぶりに花言葉を調べた。 ▼朝。相変わらず遠回りをする身体と話す。花を買おうと思うのだけれども。お兄さん。はい。乙女っすね。女々しいと言わないだけ優しいよね。その言葉嫌いっす。僕も。 ▼それで、仕事帰りに花屋へ出向くも正月…

2017年1月2日の断片日記

▼夜中の変な時間に目が覚めてしまい、このまま二度寝をしたら遅刻をするぞと聞こえてきたので映画を見て夜明けを待った。ライブラリ(とはいえもう箱の中につっこんであるだけのような状態ではあるが)から目をつむって2つ選んだら、『JUNO/ジュノ』と『ポ…

2017年1月1日の断片日記

▼朝、目が覚めて熱がまだ奥の方に残っていることを確認し、体を無理やり起こす。とびきりの空に一瞥をくれた後、あたたかい飲み物を飲みながらぼんやりと今年について考えた。曰く、もっと空を見ようということと、それ以前にもっともっと見るということに意…

2016年、あるいはこの8年間の終わりに寄せて

▼おかしなペースで働きづめた後に、急に年末だからといって市井の中に放り込まれても、どうふるまえばいいかわからないじゃないかということを考えながら朝の街に出る。行きかう人々の表情を情報として処理する。つながりの顔だ。年末ってこんなんだったな、…

2016年12月25日の断片日記

▼クリスマス周辺のことでいえば、以前は街の雰囲気が好きだった様な気もするが、この生活を始めてからはそんな風情も満足に感じられぬうちに過ぎ去っていく他の365分の1たちと同じような時間になっていた。そのこと自体はどちらかといえば好ましいくらいに思…

2016年12月21日の断片日記

▼役割の抜け殻があちこちにあるのだった。あの人からの4年前の手紙を読み返しながら(我ながらよくとっておいたと思う)、ここで言及されている人物はいったい誰なんだ、と思う。僕は常に何らかの役割を演じて、それとして適応することで生存してきた。僕は…

2016年12月20日の断片日記

▼その嘘は気遣いなのか否か。なんであれ、今の僕には結果がすべてだ。朝の透明な空気を吸いながら、顔をつくって予定外の電車に乗り込む。定期は昨日の上着の中。久しぶりの切符だ。静電気に気をつけながら改札を通り抜ける。階段をのぼった記憶なんかないの…

2016年12月18日の断片日記

▼絶対に後悔すると分かっている決断をした。下す直前まで頭でアラームが鳴りつづける。感情の奴隷になるな、後悔するのは分かっているはずだ、とけたたましい。僕は笑ってしまった。こんなときでも、僕の人生をぼくが見ているのかと。 ▼決断からほどなくして…

2016年12月16日の断片日記

▼それでも逢う。おぞましいほどの緊張感とほんの一瞬の「これまで」。僕らはいつだってはなればなれになっては再び並んで、永遠なんて、永遠の愛なんて、と繰り返してきた。繰り返してきたのだが。 ▼つまりは地獄の季節にも移り変わりがあるということである…

2016年12月15日の断片日記

▼君の味方だと言ったその口で君をののしる男の言葉に、男の存在に、いったいどれほどの価値があるだろうかと考える。傷つけた相手のことを思いやるふりをして自分がかわいいだけだということが顔をのぞかせる。その顔は、部屋の中で睨みあう二人のうち、入り…

2016年12月4日の断片日記

▼なんでもそうやって年齢のせいにしてりゃあいいんだから、気楽なもんだよな。そう悪態をついたのは、まだどこかで自分に期待して、守ってあげたいとそう思っている自分がいたからに違いなかった。自分がかわいいから、自分にまた2本の脚でしっかりと立って…

2016年10月12日の断片日記

▼コミュニケーションの折、頭を通って出てきた言葉は我ながらかなりよくなっているな、と思えるようにはなってきた。一方で、考えなしに漏れ出した言葉の信頼性のなさは深刻だ。言い終えてから、あの方が良かったとか他の言い方が選択できたのに、と思うこと…

ノスタルジイなんて死んでしまえみたいなことを…Disc2

wowee-zowee.hatenablog.com ▼この話は実は自転車の昔の広告で「身分相応というけど気取ることも大切だ」みたいなコピーがあって、その言葉が本当に好きだっていうことから始まっている(のに全然違う着地をした。) ▼なぜ途中で話が変わってしまったかと言…

2016年9月1日の日記

▼夏を振り返る。断片的に浮かんだことを、記していく。梅雨があけて快晴がやってきて、それでもそれは長く続いた印象はなかった。確かに連日暑かった記憶はあるのだけれども、どういうわけか去年よりは過ごしやすかったように思えた。夏に強くなったとは考え…

才能のなさを呪う、ということのもっともっと手前の

▼才能のなさを呪う、ということのもっともっと手前のところでの焦燥感。自分には語るべきこと、書くべきことがないのではないかという恐怖。そう、それは恐怖そのものだ。わたしのすがたとは。わたしの怒りとは、楽しみとは、人生とは…日々生きていて、語る…