2017年の断片的な目次

日々に目次をつけていきます。その日の日記とは関係のない場合が多いです。「僕の」目次なのかもしれません。 ・4/ 9 「ごはんのお供」という表現 ・4/10 このお礼はいずれ、精神的に。 ・4/11 これはあおいさんのためじゃなくて、わたしのためなんです。 ・…

2017年6月20日の断片日記

▼仕事を早めに切り上げて、電車に飛び乗って、閉店間際の「あの」花屋にすべりこんで、花を買ったよ。昼間のうちに選んでおいたグラスに活ける。なるべく元気に咲いてもらうべく手入れをしようと思っている。このことは、なんとなく独立させて書いておかなけ…

重ねられた生活 170610~0616

0610(Sat) 今日こそは仕事を早く切り上げてレイトショーを…!という気持ちで部屋を出て行くのだけれども、かれこれ某球団もびっくりの連敗ぶりである。公開期間が終わってしまう…。 で、本日の終電情報。いつもより気持ちにぎやかだった気がする。土曜日だか…

2017年6月16日の断片日記

▼僕がこの先に選択すべきこと、決断すべきことについての情報を集めているうちにどんどん気分が悪くなっていった。知れば知るほど、現実ってやつが暴れだす。何をするにもお金がいるね。でもそのお金を稼ぐために時間と労力を割いてしまっては、いったい何の…

2017年6月13日の断片日記

▼雨のせいで前髪がぐちゃぐちゃだ。そのことはもういい年したおっさんなので(このひとつきちょっとでえらく老けた気がする)、どうでもいいといえばいいのだけれども、他のイライラに勝手にくっついてきて、意識の上に顔を出してくるからやっかいだ。雨にぬ…

2017年6月11日のHOW TO GO

▼そうか、今は「HOW TO GO」なんだなと思ったのは、ずっと僕が誰かを探していることを街が知らんぷりしてくれていることにほっとしている自分に気がついたその時だった。でも少しほっとして…「ばらの花」のミニマルなリフが心音と重なっていく。いろんなもの…

重ねられた生活 170603~0609

0603(Sat) また終電だ。とはいえ、慣れっこではあるのでイライラは駅に置き去りにして、乗る時間や曜日に寄る客層の違いなどをぼんやり眺めるに限るななどと考えている。比較的空いていた車内にドヤドヤと外国人が乗り込んできた。英単語帳を読むのに少しだ…

2017年6月7日の断片日記

▼ふらふらと薬局に吸い込まれに行ったはずが、近くにあった雑貨屋で梅雨特集みたいなことをやっていてそちらに吸い込まれていく。女性モノの傘やレインコートを見ながら、実にいいなと思ったりこれは僕は持ち歩けないなと悲しくなったりしていた。全体的には…

2017年6月6日の断片日記

▼この数日、呼吸ができていないと感じる。わずか10分ばかり生活に時間をまわすことができ、ねんがんのぞうきんをてにいれたぞ!がどんなに心躍ることだったか。疲労とストレスで体調を崩していて、発熱で朦朧としている。でもこれは風邪のそれではないのが経…

2017年6月5日の断片日記と解題

▼昼間の不快な空気をさらってくれる夜風が心地よいので、最寄駅に着いてから遠回りして帰ってばかりである。歩く歩く。そしてフィジカルの声に耳を傾けるようにしている。冬のころはもっと精神的な部分での要請が大きかった気もする。もちろん今もそれはゼロ…

重ねられた生活 170527~0602

0527(Sat) 久しぶりに快晴という感じだ。強めの風を嫌だと思わない気候が5月のよいところなのに、今年はさっぱりだったなと思う。髪を切って、風に吹かれてうろうろと。本を(読み終わっていないのに!)結局買いに行ってしまう。MEN'S FUDGEの最新号(次の…

2017年5月30日の断片日記

▼朝から晩までクタクタである。ゆえ、色恋沙汰に身を投じている若い小田急線ユーザーに対する「念」が我ながらひどい。どうひどいかというと、それが結局は自己に向かう点である。めくるめく自意識で人は死に至ることもあるのではないかと思えるほどだ。帰り…

2017年5月29日の断片日記

▼職場の最寄り駅前の大通りを風に吹かれながら歩いていく。耳元で角舘健悟が「ああ こんなはずじゃなかったのさ / 僕は騙されてなんかいやしない / 見違えるほど時は満ちてく」なんて歌っているもんだから、どうしようもなくなってしまって思わず立ち止まる…

重ねられた生活 170520~0526

どうにも日記が観念的すぎると言うか精神世界すぎるというか。過ぎるというほどではないけれど、それでもほら、死後研究してほしいみたいな欲求があるから(あるの?)どうしてもそういう記述になるわけだけれども、僕だって「生活」をしているわけで、そう…

2017年5月19日の断片日記

▼もう何ヶ月も連続でこの駅の風景はいつだって暴力的な朝の陽光と酩酊の香りに彩られてばかりだなと思いながら電車の到着を待つ。向かいのホームには都心へと向かう会社勤めの人たちがたくさんいてお疲れ様なのだった。僕が吸い込まれていく下りの車両はガラ…

2017年5月18日の断片日記

▼ここで人が死んでから24時間も経っていないことが嘘のように人間たちがいつものように動いていた。考えてみれば東京なんてそんな場面ばかりなわけで、別段そのことで感傷的になったりするわけではないのだけれども、交わらないのだなということをしきりに思…

2017年5月16日の断片日記

▼そして誰もいなくなってから、大森が「子供じゃないもん17」で教師に(あるいは恋に)恋する十代に扮しながら「傷ついてよ…」と言っていた意味がすとんと腑に落ちたのだった。「傷つけたい」という欲求と「傷ついてよ」という吐露の間には何光年もの距離が…

2017年5月10日の断片日記

▼連休の間に短歌を詠んだときに、ああ、と思って今までの自分の短歌を並べてみたら見事に「説明」だらけで笑ってしまった。何かの行間を補う31音。技術的なところについては、少し前にいろいろ本を読んだりテレビ番組を楽しく観たりしたことを思い出す。ぜん…

2017年5月7日の断片日記

▼新しい生活費稼ぎの場が思っていた以上にハードモードで白目剥いてる。今までの当たり前が当たり前ではないのだろうなとは思っていたのだが、そんな生易しいものではなくて、ここに横たわっている当たり前が受け入れられないものばかりでホントぶっこわして…

2017年5月2日周辺の断片日記

▼新幹線の車窓から地方都市の夜の風景を見る。明かりがついているビルはもとより、寝静まって明かりの落ちた家々も、すべて営みだなと感じる。その途方もなさに気の遠くなるような思いと甘美な憂鬱さがやってきて、最終的には愛おしさを覚える。旅の何よりも…

2017年4月30日の断片日記

▼ wowee-zowee.hatenablog.com この行間と続きを少しだけ書こうと思う。あの娘の「せかい」が転がり込んできたあの夜には実はいちゃいけない人もそこにいて、おそらくそのせいで事態はほんの少し複雑になってしまったのだろうということを、約束があっさりと…

2017年4月26日の断片日記

▼知っている人もそうでない人もお構いなしに目の前で飛ばされていったり、水に飲み込まれていったりするような夢を見た。僕は周囲を見渡しもっとも生存確率が高いと思われる高台へと避難した。そこは架空の駅に併設された映画館の屋上で、そこから見る景色は…

2017年4月25日の断片日記

▼1日に対する期待値が高すぎると結局その終わりのときに、こんなふうになんだか良くない気持ちになる。だから嫌なんだ。誰かに、何かに、自分に、期待をすることは。そんなことを考えながらとぼとぼと帰り道を歩く。新しく買った腕時計とまた新たに子どもや…

2017年4月23日の断片日記

▼仕事を終えて電車に飛び乗る。駅に着くたびにホームに降りては車両を移動する。ギリギリ過ぎていつも乗る車両に届かなかったのだ。部屋の最寄り駅をやり過ごす。日曜の夜特有の穏やかさと倦怠が車内に漂っている。今日も「お別れのご挨拶」に訪れていただい…

2017年4月20日の断片日記

▼荷造りをしながら、今なら君が僕のもとへ残していったものの意味が少しだけ分かる気がするなとか思っている。それでも君が残したものたちは相変わらずそのままにしつつ、僕のものはどんどん捨てていっている。子どもや親御さんからもらった手紙は後生大事に…

2017年4月17日の断片日記

▼正確には昨日の夜のことなのだけれども、うっすらと夏のにおいがして、ああ気温が上がったのだなと思った。もちろん日中外を歩いていて「暑いな」とは感じていたのだけれども、それと「気温が上がった」と感じるのはまた別の話なのだった。気温だけでなく気…

2017年4月15日の断片日記

▼子どもがくれたディズニーのお土産を部屋の鍵にぶら下げている。これまでは6年前に横浜で買った世界で一番有名なビーグル犬のキーホルダーをつけていた。これで2つぶらさがっていることになるのだけれども、その色合いと質量のバランスがとても好みで、仕事…

2017年4月13日の断片日記

▼お別れの日に急かされて、いったい僕は何をしているの?とぼくが語りかけてくる。それでも少し思案した後に「したいことをするのは別に悪いことじゃないって気づいたわけだし」などと考えて結局動き出していく。本当にしたいことを見極めることについては慎…

2017年4月12日の断片日記

▼(当たり前と言えばそうなのだが)用があって渋谷に半年ぶりに赴いて、その情報量と喧騒になんだかひどく疲れてしまった。色んな人が話しかけてきた。全部無視した。20℃くらいまで気温は上がっていたようだった。いろんな街にいろんな思い出があるけれど、…

2017年4月9日の断片日記

▼前日の晩に久々に会った友人と食事をする。しばらくの間地理的に離れてしまっていたのだが、たまたまこちらへ来ているとのことだった。待ち合わせの駅の改札を抜ける。降りたことのない街の印象ってこの風景からスタートするんだよななどと考える。初めてバ…

2017年4月7日の断片日記

▼湿度が高い。雨が落ちなかっただけマシだなと思いつつもそれなりに上がった気温と強い南風に嫌な顔をしてしまう。のっぺりとした空気が、季節が進んでいることを感じさせる。冬が曖昧に終わって、春もきっとぼんやりと終わっていくのだろう。そして新緑の季…

2017年4月6日の断片日記

▼開いた扉の隙をついて転がり込んできたあの娘とは、そういえば1年くらい前にはもう出会っていたはずなのに人生何が起こるか分からないものだなと、おろしたてのステンカラーコートを身体になじませながら呆けた顔で考えていた。信号待ちの交差点で強い風が…

2017年3月31日の断片日記

▼ある対立が存在していて、僕は本来自分が立たなければいけない立場ではない方に肩入れしている。それでもその両方のどちらも実は間違っていなかったり、あるいはその両方ともが実は相手のことを考えた末の決断で…というケースもたくさんあって(そういうも…

2017年3月23日の断片日記

▼家電量販店でブックライトを選んでいるときも、仕事の間も、仕事を終えて部屋に戻るときも自分以外のことを考えていた。それでも荷物を片づけて温かい飲み物を準備して自分のことを思ったとたんに、10代のなかった僕にも青春の終わりが訪れたのだと気がつい…

2017年3月21日の断片日記

▼ いうまでもなく本は単に読むためのものばかりとは限らない。というのは、読まれつつある時だけ本の効用があるのではない。いつでも読み得るということ、否いつでも楽に見ることが出来るということが、本の効用なのであるから、読まなくても何か所有すると…

2017年3月20日の断片日記

▼人間の関係というのは劇的に始まったからといって劇的に終わらなければならないということはないようだ。頼りない逢瀬の契りは5日遅れでふらふらと不明瞭に始まり、そのまま曖昧に果たされた。僕らは交わす言葉も少なに、そしてありがとう・さようなら・元…

2017年3月19日の断片日記

▼自分の中に湧き上がっている感情を理解するためには、感情の容器に(感情そのものを掬いあげるための)理解のスプーンを差し込むスペースが必要だ。今はそれすらもないほどに、容器の中がギチギチに詰まってしまっている。次から次へと色々なことが起こって…

2017年3月11日の断片日記

▼いまだに態度を決めかねている都市(それはそれで意味も救いもあることだとは思う)を横目に、もはや「忘れない」とかそういうレベルの問題ではなく「忘れるわけないだろ」に到達してしまっている多くの人々にとっては、この日付自体に役割はないだろう。そ…

2017年3月9日の断片日記

▼役割を脱いだところの対人においてハードルがぐっと低くなっているのを感じる(それでもまだまだそびえたっている感はあるが)。もはや何が原因でこんな風になってしまったのかも分からないが、それでも最近の具合を見るに、ずっと伸びたテープのようになっ…

2017年3月4日の断片日記

▼汚れてもいいやと選ばれた服たちのことを、脱ぐときになってやっと少し考えて、かわいそうなことをしたかなと後ろめたさがやってくる。本当は汚しても、汚れてもいい服なんてないはずなのにね。 ▼「えいや」を詰め込んだ1日。いざ「えいや」のそのときが来…

2017年3月3日の断片日記

▼「僕の」季節の変わり目である。でも、変わり目であるというのはおごった考えであって、本当は終わり目であるのかもしれないなどと考える。もうずっと、最後の日々を過ごしている。 ▼というようなことが頭をもたげていたのが2月の下旬で、気がつけば暦は既…

2017年2月17日の断片日記

▼陳腐だなと思わないでもないんだけど、ここ数日「だいじょうぶ」という言葉の収まりがよくて、ひとりごとも含めてずいぶんと使っている気がする。じょうぶなだけでもたいへんなことなのに、そこに「大」までつけるだなんて。その強気っぷりにはらはらする。…

2017年2月15日の断片日記

▼本と映画と音楽の話をしたい。それで、その話をするために読んで観て聴きたいと考えているふしがある。それら3つは僕の好きなものだ。だからこそ、今は我慢しなければならない。あとおせんべいとお酒もやめている。願掛けとかあんまり信じないたちだったけ…

2017年2月14日の断片日記

▼毎朝、8年はやっぱり長いよなと思うのだった。でも、そのうちのいったいどれだけの時間を僕らはまともに向き合って生きていたのだろう。君にそれを問うても、そんなのほとんどなかったじゃんと連れない返事。それでも今ならその返事の意味が分かる気がする…

2017年1月28日の断片日記

▼君との関係は新しい季節を迎えている。恋人ではなく、友人でもなく、ましてや今までの共犯関係でもなく。とても不安定な薄氷の上を、少しずつ歩みあうようなそんな繊細さ、慎重さで一から組み直していく関係。僕らが真に出会ったその時に見える道はきっと地…

2017年1月22日の断片日記

▼控え目な花たちはどうなったのだろう。弱くか細い声は、そのまま消えてしまった。それでも周波数を変えてそのお知らせは、夢でも現実でも夢みたいな現実でも、何度も聞いたあの声で届けられた。 ▼僕はずっと見ることが最も大切なことだと言ってきて、実際そ…

2017年1月21日の断片日記

▼批評とは竟に己の夢を懐疑的に語る事ではないのか、という小林秀雄の言葉があってとても好きなのだった。自己投影の可能性を、つまりは対象を語ることは己の何かをそこに仮託することではないのかという根本的・根源的な部分に向けられた懐疑の視線、そうい…

2017年1月19日の断片日記

▼季節の向こう側から、あの人に会える機会が舞い込んできた。僕はどうすべきか迷った。迷いの理由は明らかで、僕のこの現状を話せるのも、また理解してくれるのもこの人だけなのだが、この人にだけは話してはいけない理由があるからなのだった。甘えてはいけ…

2017年1月18日の断片日記

▼もたもたしていた。祈りを通じて反復する日々の中で、「その不在」が「自己の不在」と溶け合い、僕はまるでアシッドまみれのような状況に陥り、とにかく目と耳を塞いで自閉し続けるしかなかった。のだった。でもせっかく思い立ったのだからと、10日以上も遅…

2017年1月10日の断片日記

▼ふとした(というにはあまりにも長く大きなものではあるのだが)きっかけで、古い友人と食事をして、ごくごく普通の会話をして、帰る。寒空の下、別れてひとりでとぼとぼと歩けば歩くほど、厭世的な気持ちになってくる。先の会話のせいだった。これはいけな…