2013年1月6日の日記

叶わないことを理解している、と僕が言うとき、そこにはほんの少しばかりの祈りが込められている。他でもない人間である以上はそこはもう仕方がないかなと思っている。予防線としての言霊を置きに行く精神性を思えば、これもまた人間である以上に日本人であり、つまりはやはり僕は何者でもないのだなあということを感じるのである。


さて、予防線の有無にかかわらずバランスというものは訪れることが決まっていて、僕のような人間が贈り物を受け取るなんてことがあれば、それはそれはひどいしっぺ返しも受けることになるのである。馬鹿と仕事をするのが一番フラストレーションがたまる。仕事に限らんだろう。頭の悪さ、想像力の欠如、そうしたものと触れる瞬間に僕は叫び声をあげたくなる。もちろん、僕自身も頭は悪いし、視野狭窄な部分があるだろう。だが、そのことと周囲の腐敗に苛立つこととは本来無関係である。ただ同時に思うのは、馬鹿と対峙している時、つまり馬鹿と仕事をしている時というのは、たぶん僕も同じレベルだからこんなことになっているんだろうということだ。それはとても悲しい。


できるだけ快の感情を抱いた日のことを思い出そうとしている。なぜ日々死んでいくのに、思い出すということが可能なのだろう、という思考が邪魔をして(だがそれは正しい行為だと思う)、思い出していることが真なのかどうかはすぐに揺らいでいくのに、不快感だけは色濃く残存する。蘇生を願い、祈りを捧げる人間のことを、僕は悪く言うことはできないだろう。