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2017年3月19日の断片日記

▼自分の中に湧き上がっている感情を理解するためには、感情の容器に(感情そのものを掬いあげるための)理解のスプーンを差し込むスペースが必要だ。今はそれすらもないほどに、容器の中がギチギチに詰まってしまっている。次から次へと色々なことが起こって、事実を処理するのに気持ちが追い付いていない感じだ。それでも毎日が早いと感じることもなく、本当に不思議だ。
 
 
▼ところで、眼前で起きていて皆から可視の状態にあるものを指して事実というならば、僕の心の中で起きていることは事実とは言えないのだろうか。そんなことはない。僕の心の中にそれは「ある」のだから、事実といってよいだろう。それでもそれぞれがそれぞれの「わたしのせかい」で生きているのだから、僕の心の動きが言葉や行動・態度として表出されなければ、だれかの「わたしのせかい」にとっては「ない」ことになってしまう。あるのにないという状況は、社会生活を送っていく上では避けがたいことではあるのだが、そこに対する気持ち悪さのようなものがある。だからせめてこの気持ちを言語化しておきたい(そうでないとそれが自分の中にあるのかどうかさえも疑わしくなってしまうような恐怖感がある)