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2017年3月20日の断片日記

▼人間の関係というのは劇的に始まったからといって劇的に終わらなければならないということはないようだ。頼りない逢瀬の契りは5日遅れでふらふらと不明瞭に始まり、そのまま曖昧に果たされた。僕らは交わす言葉も少なに、そしてありがとう・さようなら・元気でといった類の挨拶もなく、居心地の悪さだけを高めていった。意味があり過ぎて意味を失った感情がジャンプカットのようなつぎはぎの会話とともにぼろぼろと床に散らばっている。そんなふうにして僕らを置き去りにした時間だけが終幕へと加速していく。これはいったい何度目の別れとなるのだろうか。それでも、今度こそ本当に終わりなのだと感じる。終わるはずではなかったタイミングで終わってしまったものを、きちんと終わらせるためにあの日君は戻ってきた。そして2人で知らないふりをしながらこの日を目指して歩いていたのだ。これが映画なら、とても美しく撮ることができただろうと思う。

  
▼予感だ。その朝、確かに予感が僕を「3人称で彼と彼女のことを歌う」音楽に走らせていた。保坂先生は人生や世界を外側から見ない訓練をしなければならないというようなことを言っていて確かにそうだなと思うのだけれども、それでも僕らの日々をもっと外から見て、語り得る何かとして表出しなければこのまま何もなかったかのように消えてしまうのだという確かな恐怖がずっとそこにある。だから僕は書き続けたのだし、今朝の僕には3人称で語られる物語としての音楽が必要だったのだ。我思う故に我あり。それだってその通りなのだろう。でも、思う我を疑うことはできなくても、「思った我」には大いに疑問の余地がある。僕らは瞬間にしかいないのに、瞬間にとどまれない。全部消えてしまう。それは美しいけれど、とっても恐ろしいことでもある。その恐怖の前にどうしようもない思いがわいてくる。そしてきっと、僕らの日々は君の「わたしのせかい」には残らない。だからこそ僕の「わたしのせかい」にはそれを確かに刻み込まなければならないのだ。でも、僕らが終わるということは僕が終わるということだから、何とかして僕の「わたしのせかい」を僕だけではなく「ぼく」が―すなわち僕の神様が―見える状態にしなければならない。ぼくは僕のことを常に見続けているけれど、僕が消えたら何を見るんだ?僕が再び目覚めるその時まで、ぼくには僕の「わたしのせかい」を見続けて保持してもらう必要があるのだ。
 
 
▼君の残していったものたちが沈黙を貫く部屋で、氷の入ったグラスにジンを注ぐもそのまま次の工程に移れなくなる。そうやって何かに仮託して、一見逃避とは分からないようにして逃げるのは卑怯者のやることだぞ、と僕らと過ごしてきたものたちが警告を発する。うるさいなと舌打ちをする。そうやって何とか工程をすすめようとするもやはり動けない。手にじんわりと汗が浮かぶ。その警告が、ずっと前から発されていたものであったことに気づいてしまった。いや、正確にはずっと気づいていたはずだ。ついに向き合うときがきたのだ。逃げるな逃げるな逃げるな。写真が、本が、本についた付箋が、手紙が、手紙を包んだ封筒が、手紙を書いたペンたちが、服が、僕の服が、君の服が、騒いでいる。耳をふさぐことすらできない。氷がカランと音を立てる。「お前は、他人の人生を背負うふりをして、他人に自分の人生を背負わせようとしていたのだぞ」僕はグラスを手にやっとの思いで立ちあがり、流しにそろそろとそれを注いだ。僕なりの戦いだった。必死だった。悲しさはないのだ。もう悲しむフェーズはとうの昔に終えているのだから。恐怖に近い、名前のない感情。ただはっきりと、何でこんなに残していったんだよ、とは思ってしまった。泉まくらの声が聞こえる。「奪うなら最後まで奪って/私の希望まで全部奪って/あなたなしでかろうじて生きていくなんて」それでもやっぱり涙なんか1粒も出ないし、ましてや自分の言葉なんて。
 
 
▼これが映画なら、美しく撮れると僕はそう言ったけれども、そうなることが僕の望みではなかった。瞬間にとどまる術を見つけたかった理由の1つは、いつか必ず訪れるであろう終わりのその時に、そこに広がる美しさを1人称でとらえ、その中で1秒でも長く美そのものとしてありたかったからだ。そのために僕は、今日を生きよう、そして自分の人生を生きよう、そして瞬間へ行こうと自分に語りかけていたはずだった。でもいつしかそれ自体が目的化してしまっていたのかもしれない。1つの大きな終わりには間にあわなかったけれど、それでも僕はこれからも終わり続けるのだから、せめて終わりの終わりには間にあわせたい。僕はこれから、僕を救った魔法に僕以外にも分かる意味を与えられるように生きねばならない。もしそれが叶ったならば、それはきっと1人称であると同時に3人称として生き続けるものとなるに違いない。