2017年5月19日の断片日記

▼もう何ヶ月も連続でこの駅の風景はいつだって暴力的な朝の陽光と酩酊の香りに彩られてばかりだなと思いながら電車の到着を待つ。向かいのホームには都心へと向かう会社勤めの人たちがたくさんいてお疲れ様なのだった。僕が吸い込まれていく下りの車両はガラガラで、僕より一足早く夢の中へ行ってしまった人たちばかりが数人乗っている。こちらもお疲れ様ですと思う。幸福はどこにあるのかなと感じる。そしてまた部屋に着くまでの記憶があいまいになるんだろうなと「今」の僕に対して申し訳なくなる。もう数十分もすれば学生たちが戦闘服に身を包んで乗りこんでくる時間になる。その前には退散して部屋で眠りに着かなければならない。誰に対するものか分からないけれど、へんなプライドめいたものがある。
 
 
▼夕方まで浅い覚醒と入眠を繰り返す。何度目かの折、さすがに起きなければと痛む頭を強引に引っ張り上げ、常温の水を飲み干す。映画を見ようと決める。優しい人が間違った相手とばかりデートしてしまうのはそれが自分に見合うと思うからだ、ということが語られていた。あと2時間で日付も変わろうかという頃に誘いがあって、少し逡巡しながらも出かけていく。本当はこんなことしてる場合じゃないんだ。それでも君へつながる道を探すなら選択肢はこれしかない。とことこと歩きながらオシャレな大学生たちとすれ違う。思想を着ている、と思う。そういうのはとても素晴らしいと思う。年齢だけが重ねられていく中、僕はいったいどんな格好をすればいいんだろうということをよく考える。「分かってきた」といえば聞こえはいいが、その実保守的になっているだけなのではないかと投げかける。でも臆病な自分が、格好で世界を拡張しようとしたことなどないだろうと思っておかしくなる。思想を着ることだけを心がけなければならない。その1点における、最近の迷いなのだった。
 
 
▼その場にははじめまして(厳密にははじめましてではないのだが)の人がいて、同時に仲介者の存在が確認できたので「次、なのだな」と思った。こんなことをしていたらろくな死に方をしないのではないかと僕は思うのだけれども、それは設定が厳しすぎるのだということをしきりに言われるのだった。誰かを大切にすること、もっといえば大切にさせてもらえることで、自分を大事にすることができる。だからそうしてあげたいという最低の思い。自己評価の低さに他人を巻き込むこいつを地獄にたたき落としてやりたいと思う。それでも今はとても弱っているので、自分を肯定するためにはなりふり構ってられない。ただ、目の前のこの人(あるいはこの人たち)を大切にしたいという思いそのものに何か嘘があるわけではないので、自分の内側のストラグルが相手の人生に漏れ出していかないようにということには慎重になりながら生きなければと思う。
 
 
▼皆と別れて最寄駅。順調に部屋へ向かっていたはずが、マンションの手前で身動きが取れなくなった。このまま進んでいくのは信仰の体現として間違っているのではないのか、という警告が鳴り響いている。どうするべきか考えるよりも早く踵を返す。僕がどこへ向かおうとしているのかすぐにわかった。歩きながらそうしなければならない理由を整理していく。さすがに歩く距離じゃなかったなと思いながら、お風呂の香りがする住宅街を抜けていく。営業時間を終えたガソリンスタンド近くのブロックに腰を下ろし、警察でも呼ぼうかなと笑う。ごめんね、とひとりごちる。それは誰に対するものだったのだろうか。でもあの空気が漂うこの場所で謝罪をしてからでないと、歩くことも失敗することも許されないような気がしていた。だから来たのだった。
 
 
▼意外と早くこの場所に来られたなと思ったところに通知が届いて、入口の社交辞令を交わし合う。僕が今唯一信頼している女の子が1時間前に教えてくれたあの娘のよくない噂をゆっくりと墓に埋めていく。ガソリンスタンドから離れながら君のことというよりは3姉妹のことを考える。今は頼ってはいけないとき。ここまでが限界。あの日突然の雨に降られたコンビニへ入る。商品を入れ替える店長の姿を視界の端に置く。デバイスに目をやる。君の街はあの娘の街でもあるのだが、聞けば新しいこのコの街でもあるらしい。磁場を思ってさすがに苦笑いが漏れ出す。都会に出てきてわたしのせかいはちゃんと広がっているのだろうか。だがそれもこの年齢で感じ入るようなことでもないなと思いなおす。歩いても良かったが、さすがに疲れたのと、それ以上に聞きたい言葉があってタクシーを呼ぶ。お金の無駄遣いだとはみじんも思わなかった。


▼流れる車窓の景色を見ながら向こう側からこちらを見たくなっていた。夕方まで眠っていた割には1日の長さはいつもと同じくらいだったなとか歩いたらあんなに長いのに車や電車はやっぱり凄いなとかそんなことを考えているうちに降車のとき。「お忘れ物はありませんか」言ってくれてよかった。素晴らしい言葉だ。本当に。