サニーデイ・サービスがそばで鳴っていた僕の10年とすこし disc5

実は前作までは時系列で追っていたのだけれど、この作品だけはかなり後になってからライブラリに収まったアルバムだった。というのも、混乱期の作品であるという事前情報と、本編+ボーナスディスクで計82分という大作であるということが、ためらいを生んでいたからだ。セルフタイトルだった前作が余りに素晴らしかったので、それも逡巡に拍車をかけていた部分もあった。再結成後のアルバムが1枚出たあとになってようやくそれは僕の耳に届いた。それでも、フェイバリットになるまではさらに時間がかかった。もちろん、今では上から数えた方が早いくらいに好きな作品だ。だから、今ならいろんなことを思うわけだけど、ここでは今作がフェイバリットになり始めた頃の話をしておきたい。

『24時』(1998)

24時

24時

 

知らないふりをして

▼あれは26のころだったと思う。明らかに普通の人と異なる君という存在のこと、そしてさらに複雑極まりない君との関係にいろいろと悩んでいた頃だった。息苦しいほどに暑い夜、何の気なしに再生した『24時』、そこに福音があった。3曲目「今日を生きよう」がそれだ。
 

サニーデイ・サービス「今日を生きよう」

何にも知らないふりして 今日を生きよう 今日を生きよう
天使じゃないって? あぁそうさ
ぼくは恋にしびれているだけなんだ

これがまさにその時僕が求めていたもので、その後の2人の距離感に与えられた名だった。知らないふりをして、今日を生きること。それこそが、僕らが秘密のままうまくやる、冴えたやり方だった。これは自分にとっては大きな事件だった。そうして僕ら2人は、2人にしか分からないやり方で関係を進めていったのだった。関係が終わった今年の夏の終わり。日比谷でのパフォーマンスがこの曲で始まったこと、僕にとってはとても大きな意味を持っていた。
 


▼そしてこのころ、実存哲学に僕は殺され、学生時代にぼろぼろになるまで読み返したランボーの「地獄の季節」、ボードレール「群衆」、そして何度も観てそらんじたゴダール気狂いピエロ」のセリフ、その全てがつながり、瞬間にたどり着くことこそがこの生で役割であり、君に出会った理由だと思ったのだった。

もう一度探しだしたぞ!
何を?永遠を。
それは、太陽と番った
海だ。
 
「地獄の季節」 
アルチュール・ランボー 堀口大学(訳) ランボー詩集 白鳳社

詩人は思うままに彼自らでありまた他人であることを得る、比類なき特権を享受する
 
「群衆」 
C.ボードレール 三好達治(訳)巴里の憂鬱 新潮文庫

悲しそうだ。
あなたは言葉で語る。わたしは感情で見つめているのに。
君とは会話にならない。思想がない。感情だけだ。
違うわ、思想は感情にあるのよ。
それじゃ本気で会話してみよう。君の好きなこと、やりたいことは?僕も言うよ。まずは君からだ。
花、動物、空の青、音楽…わからない。全部よ。あなたは?
野望…希望…物の動き…偶然…わからない。全部だ。
 
ジャン=リュック・ゴダール 『Pierrot Le Fou』(1965)より

 

デブでよろよろの太陽

▼不機嫌なオープナー、「さよなら!街の恋人たち」が醸すささくれだった空気は、混乱期のアルバムの象徴のようですらあるが、それでもその混沌とした時期のおかげでこの曲が生まれたのだとすればそれだけでも価値があったと思わせられるほどに魅力ある楽曲だ。この曲で歌われているような気持ちに、よくなる。


サニーデイ・サービス「さよなら! 街の恋人たち」
 
 
▼「カーニバルの灯」も大好きだった。ヘヴィな質感のアルバムの中にあって、アコースティックな優しさで温かく豊かでありながら、どこか物憂げで寂しいことが歌われているこの曲を、どうしようもない夜にベランダで口ずさんだことを覚えている。「風に火をともして びろうどの窓燃やす 青空をころげ落ちるようさ」てすごい。
 
 

夜が覆うもの

▼今思うことも最後に1つだけ。

いろんな場所でみんな星に祈り 
いろんな場所でみんな愛し合う 
僕は君の声が聴きたかったんだ
 
「24時のブルース」

これが90年代の終わりに鳴らされていたのかと。今となってはそれらは当たり前のことだけれども、当たり前すぎて実は誰も言っていない。インターネットによって時間的・空間的な距離の意味はほとんど消失したかのようで、だからこそ夜の帳が降りることの意味を「24時のブルース」として再定義したこの1節は、どこまでも正しくロマンチックに響いてくる。
 
 

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