重ねられた生活 20171216~1222

1216(Sat)

伝えてしまったからと言って何かが変わるでもなく日々は進んでいく。二人で前日の残り香について話しながら笑い合う。帰り道の姿だって、これまでと同じだ。でも二人の間には二人にしか分からない形で「伝えてしまった」という事実が横たわっていて、「ワー!おっとなー!」などと無邪気に思ってしまう。
 
無邪気、そうなんだか最近はずっと子供のような心もちなのだった。そしてここでいう子供のようなものというのはまさに「ような」ものであって、実際の子供よりももっとずっとつるんと、あるいはすとんと、したものである。
 
予防線を張るわけでも何でもなく、ただその時の様子とかいろんなことを総合して考えるに、まあ断られるんだろうなというのはもう分かっている。本来想いを伝えるというのは最後の意思確認のようなもので、ふわふわした状態で放り込むような代物ではないことは十分に分かっていて、それでも今回はとっとと伝えないといけないような気がしたのだった。結果は、そりゃあ望ましいものというのはあるにしても、それでもこれまでのどのそれよりも思いつめたところがなくて(だからといって軽薄な気持ちは一切なく、いたってまじめなのだけれども)、いったいなんなんだという具合である。ずいぶんと久しぶりに新しく「友人」になれそうな人と出逢えたその喜びが何よりも勝ってしまっているのかもしれない。それでも惹かれているのはどうやら確からしかったから、自分の中でスタンスをハッキリさせておくための何かが必要だった。だから、局面でないことは分かっていたけれどその言葉が口をついて出たのだった。
 
もちろんそんなもの、こちら側の勝手な事情であって、心理的に負担をかけてしまっていることへの罪悪感はある。このまま胸に秘めておくという手もあるよなとよぎったこともあったが、時間が解決してくれないものがあることをこの8年で僕は学んだので、明確な線を欲してしまった。まあそもそもこれまでの人生で好きな子に好きだと言わ(言え)なかったのは、1例だけだったので、敗戦濃厚であれなんであれ言ったのだろうとは思うけれど…。
 
1つの興味は心底屈託のない彼女が、いったいどんな断りの文言を寄せてくるのだろうかということだ。それがどんなものであれ、「これから」の否定は「これまで」の否定とイコールではないのだから、心配していることは何も起きないのだよということをさまざまに思案中の彼女に変わらない日常を提供することで伝えてあげたい。受け入れてくれれば一番嬉しい。もちろんそれは本音だけれども、どれだってそうなのだ。僕は彼女の人間性をいたく気に入っており、高く評価している(えらそうだナー)。だからこそ、次のボールを楽しみにしているところがあるのだった。以上、ボーナストラックはおしまい。
 
 

1217(Sun)

夜中にしばらくぶりに日記をアップロードできたので、その流れでこちらも久しぶりによそ様の日記をのぞかせてもらって幸福な気持ちになっていた。紙のおねーさんが「ふとグリーティングカードを送って、それを受け入れてくれる人が欲しい」と書いていて「わかる!!!!!」となった。
 
僕は他人に気を遣いすぎる一方で極めて自分勝手なので、それが義務的にならない、つまい送りたくなったから送ったんじゃ、送りたくないときは送らないのじゃ、ということが許される間柄というのを欲している。そしてそういう相手として自分を選んで欲しがっているところもある。
 
それで思い出したのは、つい最近首都高で夜の風景をBGMにしながらした好きな人との会話だった。特に理由もなく渡したお菓子のおみやげに恐縮するその姿を前に僕が言ったのは「プレゼントとか贈り物とかって、もっとカジュアルになればいいのにね」ということで。誰かに何かをあげることなんて、「あげたいから」が理由でいいじゃんねと思うのだった。それを言うと彼女は「なんでそんなに善が前面に出てるの」と笑い出し、僕もつられて笑ってしまったのだけれども、でも本気なのだった。もらった方も、一応の礼儀としてありがとうは言うにしても、いらなかったら軽くポイしちゃっていいと思う。僕はね。もちろん、それなりの理由があっての贈り物は、それなりの温度での対応が必要だろうとは思うのだけれども。それとは別に僕は人にものをあげるとすぐ忘れるので気をつけなければいけない…。
 
 

1218(Mon)

寒い!痛い!という気持ちとともに終電に乗り込むと、アナウンスが今までに聞いたことのない人の声で、それが終電という時間からすると、いささか暴力的なまでのハリツヤでなんだかうんざりした気分になってしまった。電車そのものからも普段は発してない音や揺れもあり、そして一つ気になりだすと…の流れで駅に止まるたびのブレーキの感じも癇に障ってしまうのだった。
 
刺さるような寒さの前にもこれもまた冬ではないと思ってしまう。部屋に戻って、アロマディフューザーを起動して、暖房器具にも熱を通す。着替えて、顔を洗って…とするうちに僕は今回、冬の入口を捕まえ損ねたのではないかと自らに問う。ならばそれなりの、過ごし方があるというものである。
 
学校。僕の難儀な思いとは裏腹に、提出したレポートはよい評価で戻ってきている。それはやはり嬉しいもので眠い目をこすったかいがあったなというところではある。つい数日前には大学の講堂で喋る仕事があったばかりで、そんな人間が一方ではヒイヒイ言いながら課題をしたためているのだから、分からないものである。
 
 

1219(Tue)

突然の胃痛でうう、という感じ。私生活のそれは全くストレスではないので、まあ仕事だよなあ。
 
帰り道、好きな人の放つなんとなくのぎこちなさを感じて身構えてしまった。だから言えなかったんだろう。悪いことしたなあ。結局この日は何事もなく改札をくぐってお別れ。明日仕事で遠出をするから、その近くで好きだと言っていた味のお菓子でも買おうかなとEvernoteに記してあるリストとにらめっこしつつの就寝。
 
 

1220(Wed)

少しの体調不良。テキストと電車の揺れ。電光掲示板を流し見る。地上を走る地下鉄だってのに、ホームから出るまでに時間をくう。退屈な会議。慣れた足取り、学生たち。年中無休の洋菓子店。クリスマスのオーナメントとショーケース。これを一種類ずつと、あと、あれを。アルバイト、長めの信号、そして夜。聞いてくださいよから始まる、あなたの幸せな話。いつも通りの風景。手を出して。あったかいでしょ。そうして、すっかり忘れていた。だから向こうも言えたね。だいじょうぶ、何も変わらないよ。それとは別にはい、これ。
 
向かい合わせのホームで控え目に手を振りあう。そんな二人の間に電車が滑り込んできたとき、ようやく泣いてしまいそうな気持ちになったのだけれども、結局は君と8年間にわたって繰り返していたことから執着のようなものをそぎ落としてもっと薄めてあるいは綺麗にしたうえで再生産するような日々となるのではないか、そういった類の予感を覚えてしまった。そんなの、全方位に対して失礼な話であるが、思ってしまったのだから仕方がない。なんかそのどうしようもなさに対する思いと、しっかり考えたはずなのに狼狽しまくっていたplease stay like thisの懇願の様へと向けられたあまりの愛おしさで、部屋へと運ばれながらずっと笑みがこぼれてしまっていた。僕が関係を壊そうとして、あなたは新しいそれのために分かりやすく線を引いた。その線を引いたからこそ紡がれる日々があって、ここから僕らはそれを携えて行くのだ。在り方は、多様で良い。僕と君が、そうであったように。
 

寺尾紗穂 - 楕円の夢
 
 

1221(Thu)

一晩明けて柔らかな痛みを遠くに感じながらも優しい気持ちと軽い体がそこにはあって、就業時刻よりふた足早く出社してしまう。少なくとも環境が変わってからでは一番のもりもり具合で仕事をやっつける。その裏で好きな人とはずいぶんと感傷的な言葉を用いて感情のやり取りをしていた。まったくエモい大人になってしまったぜ…。
 
脚色して、前後の順番を入れ替えたりしながら、真実とそうでないものとの間を行くような、そんな言葉を書き連ねて、まったく僕にはただ黙って聞いてほしいことがこんなにもあるのかと思ってしまう。異化して何とか日々を行くためのものだったはずなのに。何でも話したくなるような友人はいるし、彼や彼女らは話せば聴いてくれるだろうけれど、そういうことではなくて。
 
部屋に戻ってから年間ベスト記事を少しずつしたため始める。今年は書ききれるかな。
 
 

1222(Fri)

ぽっかりとした気分。ぼうっとしてしまうでもなく、せかせかと動いて何事かはしているのだけれども、空洞です。今回の僕の選択が、関係を進めるためのそれでありますように。名前なんて何でもいい。線を引くことで、引いたことでようやく言える言葉や適切な温度になるものがあるのだ。あなたが僕に言った言葉も、僕にあなたが言わせた言葉も、その線がなければなかったものである。明日という日を一体どんな顔して迎えればいいのか。そんなことに頭を悩ませて午前2時。土曜日は、ずっと前から始まっている。

今週はここまで。