2017年3月9日の断片日記

▼役割を脱いだところの対人においてハードルがぐっと低くなっているのを感じる(それでもまだまだそびえたっている感はあるが)。もはや何が原因でこんな風になってしまったのかも分からないが、それでも最近の具合を見るに、ずっと伸びたテープのようになったモラトリアムの中で夢を見続けながらも、誰にも分からないようなペースでリハビリを続けていたのだなと思う。もちろん崖下に向かって僕の背中を押したのも、そこから這い上がるのを支えたのも、その後ふらつきながら前進するために腕を引いたのも全部、君だったのだが。ただ…「あの時」僕は確かに生かされて(それは今もずっとそうなのだけれども)そこから今日まで何とかやってきて、それとはまた別の人生の可能性を(この可能性というのが重要で、かつ厄介な友人なのである)思えるくらいには、回復してきているのだと思う。陽性の力。地獄の底から引っ張り出されて中庸を行けたなら、理想的なバランスなのだろうか。


▼この「行く」とか「行け」(ゆく・ゆけ、と読むのだ)という響きを最近好んでいる。好んでいるけど、自己言及的だったり、自分で自分のお尻を叩いたりというときにばかり用いていて(それすなわち音声として宙に舞うことはほとんどないということである)、面白いなと思う。のだった。他人に対してはほとんど使わない表現だな。そういうのが、他にもありそうだ。


▼夕方から低い鍵盤音のような頭痛がしていて、「鍵盤だ!」と思えたことは快そのものであったのだけれども、そのこと自体に痛みを和らげる効能は無いのだということを知った。


▼締め切りがあるから書けるものもある。


▼「人に恵まれてるから次も大丈夫だろ」と思えるか「こんなに人に恵まれてるんだからこれは手放してはいけない」と思うのかの間に横たわる断絶と人生のコントラストを思って震える。僕自身は、その地平から一歩引いて、とりあえず「恵まれているなあ」と思ってもらえるようにありたいと考えていて、最近、自らを滅することはそこへの近道になるどころかそこから一番遠いところに僕を連れていくのではないだろうかということを学んだ。のだった。僕は自分にとって大事なことを、自分にとって大事なものを失いながらでないと学べないのだろうかなどと悲しくなりながら。